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顧客にとって、家族のつぎに頼られる存在になる

清家 匠Seike Takumi

プルデンシャル生命保険株式会社

部長代理/シニア・コンサルティング・ライフプランナー

初の管理職での失敗経験 家庭崩壊寸前で気がついた『価値観』の重要性

 実績が評価され、清家はマネジャーにキャリアチェンジした。しかし、これまでの輝かしい成績とは一転、成果が出なくなったのだ。

「自分がマネジメントを担当するライフプランナーに自分の成功スタイルを押しつけていました。俺がやって成功した方法をそのままコピーしてやればいいんだ。そうすれば成功するから、と。そんな上から目線で高圧的なマネジャーでした」

先に書いたとおり、ライフプランナーはエリートの集まりだ。自分なりの成功スタイルを持っているし、プライドもある。マネジャーの意見には一応従うが、本音では嫌がっていたのだった。このようなマインドで仕事を進めていたためか、目標を達成できないライフプランナーが続出した。すると清家は以前にも増して、自分の考えや手法をメンバーに強要するようになる。メンバーは次第に、清家から声をかけられるだけで身構えるような関係性になり、もう、チームと呼べるような状態ではなかった。5人いたメンバーの2人は退職。さらに清家を追いつめたのは、家庭も不穏な空気になっていたことだ。

「子育てについて、妻と衝突する機会が増えていました。仕事と同じで、自分の子育て論が絶対に正しい、と思っていましたから。食事は残すな、子供は早く寝ろ、朝はパン食ではなくご飯だ、など」気づけば、妻との関係性も部下と同じように冷え込んでいった。清家の言葉に対し、妻はものすごい形相で睨むようになっていたのだ。妻から皿が投げつけられ「離婚」の言葉が会話に上がるまでに2人の仲は悪化した。

このままではまずい。そう思った清家は、ライフプランナーに戻る決断する。同時に、優秀な同僚の多くが学んでいた、ある研修プログラムに参加するのだが、この研修が、復活のきっかけとなった。

「価値観の押し付けをしていたからうまくいかなかったのだと、そのプラグラムで学びました。価値観は人の数だけあり、マネジャーの仕事は価値観の矯正や押し付けではなく、それぞれの価値観が活かせるよう、その人らしく仕事をしてもらう、その場作り、雰囲気づくりだと学びました」ちなみに当時の清家は、お金と肩書きを重要視しており、人の評価もそれに準じるものだった。

「自分で言うのもあれですが、当時の私はお金の亡者というのか、本当に嫌な奴だったと思いますよ(笑)」